大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 昭和54年(ヨ)118号 判決

債権者

鈴木健二

債権者

真鍋俊文

右両名訴訟代理人弁護士

東俊一

津村健太郎

債務者

森実運輸株式会社

右代表者代表取締役

森実達直

右訴訟代理人弁護士

南健夫

真木啓明

主文

一  債権者両名が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者鈴木健二に対し、金二五五万五〇九三円及び昭和五五年一月一日から本案判決確定に至るまで毎月七日限り月額一九万一六五七円の割合による金員を仮に支払え。

三  債務者は、債権者真鍋俊文に対し、金二六三万四九九八円及び昭和五五年一月一日から本案判決確定に至るまで毎月七日限り月額二〇万〇一九七円の割合による金員を仮に支払え。

四  訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者両名

主文と同旨

二  債務者

1  債権者両名の申請をいずれも却下する。

2  訴訟費用は、債権者両名の負担とする。

第二当事者の主張

一  債権者両名(申請の理由)

1  債務者は、海陸港湾運送、船舶代理店等を営む株式会社で、新居浜市に本店を、名古屋市、新湊市、東予市に支店を、西条市、倉敷市、大阪市等に営業所を有する地元大手の運送会社である。債権者鈴木は、昭和四七年六月、債権者真鍋は、昭和四九年二月それぞれ債務者会社本社船舶部船舶課の艀乗組員として債務者に雇用され、引き続き右職務に従事し、後記解雇前三か月の平均賃金(月額)は、債権者鈴木が一六万七九五七円、債権者真鍋が一七万六四九七円であった。このほか、債権者両名はいずれも債務者から、毎月食糧金一万六七〇〇円の支給を受けていた。

2  債務者は、昭和五四年一月一〇日、債権者両名に対し、就業規則四二条五号により同月一一日付で解雇する旨の意思表示をし、以後債権者両名が債務者の従業員であることを否定し、賃金(毎月七日払い)の支払をしない。

3  そこで、債権者両名は、債務者を相手方として従業員としての地位確認等の本訴を提起すべく準備中であるが、いずれも債務者から支給される賃金で家族の生活を維持していたもので、他に格別の資産収入もなく、本案訴訟における勝訴判決の確定を待っていては償うことのできない損害を被るおそれがある。

なお、債務者会社では、昭和五四年四月分から一律七〇〇〇円の賃上げがなされたので、債権者両名の昭和五四年四月以降の賃金(月額)は、債権者鈴木が一九万一六五七円、債権者真鍋が二〇万〇一九七円になる。また、債務者会社では、昭和五四年度上期一時金(支給日昭和五四年六月三〇日)は、昭和五三年度下期一時金プラス一律三万円、昭和五四年度下期一時金(支給日昭和五四年一二月二〇日)は、昭和五四年度上期一時金プラス一律四万七五〇〇円と定められた。債権者両名の昭和五三年度下期一時金は、いずれも二一万三五〇〇円であったから、昭和五四年度上期一時金相当額は、それぞれ二四万三五〇〇円であり、昭和五四年度下期一時金相当額は、それぞれ二九万一〇〇〇円である。したがって、昭和五四年一月から同年一一月までの賃金及び同年度上期・下期各一時金の合計額は、計算上、債権者鈴木につき、二六二万一七二七円、債権者真鍋につき、二七一万五六六七円である。もっとも、昭和五四年一月一日から同月一〇日までの賃金として、債権者鈴木は、六万六六三四円、債権者真鍋は、八万〇六六九円の支払を受けた。

よって、債権者両名は、債務者に対し、〈1〉債権者両名が債務者の従業員としての地位にあることを仮に定めること、〈2〉債務者が債権者鈴木に対し、昭和五四年一月一一日から同年一一月三〇日までの間の賃金及び同年度上期・下期各一時金の合計額二五五万五〇九三円及び昭和五五年一月以降本案判決確定に至るまで毎月七日限り月額一九万一六五七円の割合による賃金を仮に支払うこと、〈3〉債務者が債権者真鍋に対し、昭和五四年一月一一日から同年一一月三〇日までの間の賃金及び同年度上期・下期各一時金の合計額二六三万四九九八円及び昭和五五年一月以降本案判決確定に至るまで毎月七日限り月額二〇万〇一九七円の割合による賃金を仮に支払うことを求める。

二  債務者

1  (申請の理由に対する答弁)

申請の理由として主張する事実のうち、1及び2を認める。3のうち、債務者会社で昭和五四年四月から一律七〇〇〇円の賃上げがなされ、昭和五四年度上期・下期の各一時金が債権者主張のとおりの額で定められたことを認めるが、その余を否認する。

2  (抗弁)

債務者は、債権者両名に次に述べるように就業規則所定の解雇事由があったので、解雇の意思表示をしたものである。

(一) (就業規則所定の解雇事由)

就業規則四二条には、解雇事由として、四号に「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」、五号に「やむを得ない事業上の都合による事業場の縮小又は閉鎖等の為解雇のやむなきに至った者」とそれぞれ規定している。

(二) (艀部門縮小の必要性)

昭和四八年秋の石油ショック以来、荷動き自体の減少、岸壁の整備拡充による沖合荷役の減少等により、債務者会社の艀の稼働日数は、減少の傾向をたどった。債務者会社本社船舶部船舶課艀部門の最大の荷主は、住友化学工業株式会社であるが、債務者は、住友化学から、昭和五二年三月九日、住友化学が新居浜港で毎月必要とする艀は、同年九月以降四〇〇〇トンであり、近い将来にはその半分の二〇〇〇トンになる見込みである、との通告を受けた。ところで、昭和五三年に新居浜港で住友化学の荷役を請負っている債務者会社外二社の艀は、二六隻約一万一四六〇トンもあり、債務者会社の保有する艀だけでも、一四隻約七〇〇〇トンもある。なお、新居浜港では、住友化学以外に艀の荷主は、ほとんど望めない。

このように、新居浜港では、恒常的な艀の船腹過剰の状態となっており、別表(略)(一)記載のとおり、昭和五〇年以降艀部門の収支は赤字となっており、債務者は、艀部門を縮小する必要に迫られていた。

(三) (人員整理の必要性)

(1) 債務者会社は、前記石油ショック以降の厳しい経済状勢の中で、業績を上げることができず、そのため事業部門の縮小、人員の削減に踏み切らざるを得なくなった。すなわち、〈1〉現務部第一、二課では、昭和五〇年六月までに四七名を減員した。なお、現務第一課では、昭和五四年一月から同年三月までの間に三二名を減員した。また、現務第二課では、昭和五四年二月から同年四月までの間に六名を減員した。〈2〉陸送課では、昭和五〇年に一二名の配転を行い、その後、昭和五一年五月、別会社を設立し、陸送課を分離した。〈3〉重量品課では、昭和五一、五二年に配転による減員策をとり、昭和五二年一〇月同課を閉鎖した。〈4〉その他、昭和五〇年以降の課別在籍人員の推移は、別表(二)記載のとおりである。

このように、債務者は、各事業部門の縮小、人員削減を行ってきており、艀部門の余剰人員を他部門に受け入れる余裕は全くなかった。

(2) 債務者は、艀部門の人員整理を計画し、まず希望退職者六名を募集し、それが六名に達しないときは、勤務成績不良の者、経験未熟の者及び高年令者を対象に、勧奨退職による人員整理をすることを決め、昭和五三年一〇月関係各労働組合に提案した。ところが、希望退職に応じたのは、同年一〇月に一名、同年一一月に二名にすぎなかった。

(四) (人員整理回避のための努力―出向命令)

(1) 債務者は、できるだけ艀部門の人員整理を回避するため、出向による一時的な打開策を考え、艀部門の余剰人員を愛知県大府市所在の株式会社新居浜鉄工所名古屋工場に出向させることを決め、関係各労働組合に提案した。なお、その出向者の選考基準を、債務者は〈1〉年令が若く、身体強健である者、〈2〉艀船員としての経験の浅い者、〈3〉出向先でグループ作業に従事する関係上チームワークのよい者、〈4〉できれば鉄工関係の作業経験が少しでもある者と定めた。また、右出向の期間は、五か月の予定で、出向中の賃金は、従前の艀船員としての賃金を下らず、食事は、現物(ただし、休・祭日は、食事手当一〇〇〇円)、旅費は、その実費をそれぞれ支給し、宿泊所は、社宅を提供する、という条件であった。これらの出向中の労働条件は、関係各労働組合に右出向問題を提案する際、債務者において明示した。

(2) 債務者は、就業規則三四条で、「業務の都合によって社員に転勤、出向、派遣又は職場又は職種の変更を命ずることがある。前項の場合社員は正当な理由なくこれを拒むことはできない。」と定めているが、前記出向につき、関係各労働組合の了解をとることにし、債権者両名の所属する全日本港湾労働組合四国地方本部新居浜支部(以下「全港湾労組」又は単に「組合」という。)には、昭和五三年一二月七日、出向問題を提案し、同月九日の団体交渉の席上で、艀部門縮小の必要性ないし出向の必要性を説明したが、組合の了承を得ることができなかった。その後、債務者は、出向の適格者として、年令が若く、身体強健で、艀船員としての経験が比較的浅く、債務者会社に就職前鉄工関係の作業経験のあった債権者両名外一名を選定した。出向問題につき、債務者は、全港湾労組との間に、同月二六日団交し、翌二七日には協議し、翌二八日には、債権者両名も列席し、団体交渉をしたが、組合及び債権者両名は、出向に応じようとしなかった。そこで、やむを得ず、債務者は、同月二八日、債権者両名に対し、新居浜鉄工所名古屋工場への出向を命じる辞令を交付した。これに対し、債権者両名は、即刻辞令を返還した。

(3) 債務者は、債権者両名に対し、昭和五三年一二月三〇日と翌五四年一月五日の二回、前記出向に応じる意思の有無を確認したが、債権者両名は、出向に応じる意思はなかった。

(五) (本件解雇)

以上の経緯から明かなように、債権者両名は、会社の業務運営に故意に非協力的な者(就業規則四二条四号)、やむを得ない事業上の都合による事業部門の縮小のため解雇のやむなきに至った者(同条五号)に該当する。そこで、債務者は、債権者両名を解雇する意思表示をしたものである。

三  債権者両名

1  (抗弁に対する認否)

抗弁事実のうち、(一)を認める。(二)を否認する。(三)のうち、債務者が昭和五三年一一月一七日債務者の主張するような内容の艀部門の人員整理計画を組合に提案したことを認めるが、その余を否認する。(四)のうち、債務者が組合に対し、昭和五三年一二月七日、艀部門の現業職員を新居浜鉄工所名古屋工場に出向させる問題を提案したこと、就業規則三四条に債務者主張のとおりの内容の出向条項の定めがあること、債務者組合間で債務者主張のとおりの団交がなされたこと、債務者が同月二八日債権者両名に対し、新居浜鉄工所名古屋工場への出向を命じる辞令を交付し、債権者両名が即刻辞令を返還したことを認めるが、その余を否認する。(五)を争う。

なお、出向は、労働者に使用者以外の第三者の指揮命令の下に就労させる義務を生じさせるものであるから、労働者の個別的同意が必要であると解すべきである。就業規則の出向条項は、それだけで使用者の出向命令の根拠となるものではない。また、就業規則四二条五号の整理解雇は、解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に瀕する程度に差し迫った経営上の必要性がある場合にはじめて許容されるものと解すべきである。なお、右の整理解雇について、債務者がどのような基準で解雇対象者を選定したのか明らかでない。

2  (再抗弁)

(一) (不当労働行為)

債権者両名の所属する全港湾労組は、個人加入の組織で、組合員数は、全国で約三万人、新居浜地区では約一〇〇人である。そのうち、債務者会社本社関係では、約六〇名が加入している。組合は、他の企業内組合が、春闘その他の労働条件改善闘争で、争議行為をすることのない状況の中で、唯一の闘う組合として活動してきた。債権者両名は、昭和五二年三月一八日、それまで属していた労働組合を脱退して全港湾労組に加入し、活発な組合活動を行ってきた。債務者は、債権者両名が全港湾労組の活動家であることを嫌悪し、債権者両名を職場から排除することにより組合を弱体化することを狙って、債権者両名に対し、出向命令を出し、それに従わなかったとして解雇するに至ったものであるから、右出向命令ないし本件解雇は、不当労働行為として無効である。

(二) (出向命令権及び解雇権の濫用)

債権者両名は、いずれも債務者の新居浜港所属の艀乗組員として雇用されたものであるのに、愛知県の鉄工所に出向することになると、従前の仕事と全く異なる業務に服することになるうえ、妻子との別居生活を強いられることになり、右出向により債権者両名の受ける不利益は大きい。ところで、債権者両名は、昭和五三年一二月二五日、企業内組合の委員長日野岩男から、債権者両名が前記出向者として選ばれたことを知った。それまでに組合と債務者の間で出向問題について団体交渉をしたのは、同月九日の一日にすぎない。その団交の席で、出向の必要性及び出向問題について、債務者から、組合に対し、十分な誠意のある説明はなされていなかった。このような状況の中で、債務者が債権者両名を出向適格者として人選し、出向により受ける債権者両名の多大の不利益を顧みず、出向を強行しようとしたのは、出向命令権の濫用であり、それに従わなかったことを理由に、整理解雇の基準につきなんら組合と協議を尽すことなく、本件解雇に及んだのは、著しく合理性を欠き、解雇権の濫用として無効である。

四  債務者(再抗弁に対する認否)

1  再抗弁(一)の事実のうち、債権者両名が全港湾労組に加入していることを認めるが、その余を否認する。

2  再抗弁(二)の事実のうち、債務者と組合の間で昭和五二年一二月九日出向問題について団体交渉をしたことを認めるが、その余を否認する。

第三証拠(略)

理由

一  申請の理由1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇の効力について判断する。

1  債務者会社の就業規則四二条には、解雇事由として、四号に「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」、五号に「やむを得ない事業上の都合による事業場の縮小又は閉鎖等の為解雇のやむなきに至った者」とそれぞれ規定し、三四条に「業務の都合によって社員に転勤、出向、派遣又は職場又は職種の変更を命ずることがある。前項の場合社員は正当な理由なくこれを拒むことはできない。」と定めていることは、当事者間に争いがない。

2  (証拠略)を総合すれば、次の事実(当事者間に争いのない事実を含む。)が疎明される。

(一)  昭和四八年秋の石油ショック以後、新居浜港では、荷動き自体の減少、荷主の合理化計画の一環として実施された岸壁の整備拡充による沖合荷役の減少等により、艀の稼動日数は、減少の一途をたどり、艀が多すぎて余る状態になった。これに対し、債務者は、艀部門の高齢者の退職後の補充をしない方法で、対処してきた。ところが、債務者は、その本社船舶部船舶課艀部門の最大の荷主である住友化学工業株式会社から、昭和五二年三月九日、住友化学が新居浜港で毎月必要とする艀は、同年九月まで五〇〇〇トン、それ以降は四〇〇〇トンであり、将来その半分の二〇〇〇トンになる見込みである、との連絡を受けた。ところで、新居浜港で住友化学の荷役を請負っている会社は、債務者会社外二社で、住友化学からの荷物のうち約七割が債務者の取扱量となっていた。新居浜港では、住友化学以外に艀の荷主は、ほとんど望めないので、昭和五二年一〇月から、債務者会社では、その保有する艀のうち、前記四〇〇〇トンの七割の二八〇〇トンを超えるものは不要となった。このように、新居浜港では、艀は、恒常的に船腹過剰の状態となっていて、昭和五〇年以降艀部門の収支は、別表(一)記載のとおり赤字となっており、債務者は、艀部門を縮小する必要に迫られた。

(二)  債務者会社は、他の部門でも、石油ショック以降の厳しい経済状勢の中で、業績を上げることができず、別表(二)記載のとおり、事業部門の閉鎖又は縮小、人員の削減を実施してきており、艀部門の余剰人員を他の事業部門に受け入れる余裕はなかった。そこで、債務者は、艀部門の人員整理を計画し、まず希望退職者六名を昭和五三年一一月三〇日を期限と定めて募集し、六名に達しないときは、同年一二月一〇日に、勤務成績不良の者、経験未熟の者及び高年齢者を対象に、退職勧奨による人員整理をすることを決め、右計画を同年一〇月関係各労働組合に提案した。全港湾労組に対しては、債務者は、右計画を、まず同年同月一四日の団交の席で口頭で提案し、次いで同年一一月一七日の団交の席で、文書を手渡して提案した。希望退職者の募集に対し、森実運輸船舶労働組合に属する者の中から三名が退職の申出をし、そのほか、全日本海員労働組合四国支部に加入している曳船の乗組員が一名退職に応じた。しかし、全港湾労組に加入している者からは、退職の申出をする者がなく、債務者と全港湾労組との間に同年同月三〇日団体交渉がなされたが、退職の募集に応じる者は出なかった。

なお、債務者は、前記の事業部門の閉鎖又は縮小、人員の削減については、関係各労働組合と時間をかけて協議を尽くし、その了承を得たうえで、いずれも実施した。

以上のとおり認められる。(証拠略)によれば、債務者は、昭和五三年一一月から昭和五四年六月までの間に、別表(三)記載のとおり債務者会社の退職者等を臨時に雇用した事実が認められるが、(人証略)によると、債務者会社では一時的に仕事が集中することがあり、そのような場合、従来から退職者等を臨時に雇用することによりやりくりしてきた事実が認められるから、右の臨時雇用の事実によっては、前認定を左右するに足りない。他に、前認定を動かすに足りる証拠はない。

3  前掲各証拠に、(証拠略)を総合すれば、次の事実(当事者間に争いのない事実を含む。)が疎明される。

(一)  債務者は、前記団交の際、全港湾労組から、艀部門の人員整理を回避するため、新居浜地区での配転・出向を考えて貰いたいとの申し入れを受けて検討したが、その実施は困難であったところ、昭和五三年一二月初めころ、債務者会社の代表者の弟が代表取締役をしている系列会社の株式会社新居浜鉄工所から、債務者会社の者を五名ないし一〇名、一人一日六五〇〇円、一か月二五日計算で一六万二五〇〇円の給与のほか、同社ベースによる時間外手当を支払う条件で、愛知県大府市所在の同社名古屋工場の鋳物関係の雑作業に使いたいとの申込みを受けたので、艀部門から二名(その後、同月一五日ころ増員して三名)を右工場に出向させることを考えた。なお、債務者は、右出向の諸条件として、期間は、昭和五四年一月四日から同年五月末の予定で、賃金は、〈1〉食糧金を除いた月間固定給(ちなみに、債権者鈴木のそれは、一六万五四二九円、債権者真鍋のそれは、一六万六四八二円)プラス債務者会社のベースによる時間外手当、〈2〉作業給、日額一〇〇〇円に就労日数を乗じた額、〈3〉出向手当、一か月のうち、最初の一〇日間につき、日額七〇〇円、その余の日数につき、日額五六〇円で、食事は、現物(ただし、休祭日は、食事手当一〇〇〇円)支給、旅費は、実費支給、宿泊所は、社宅提供とすることを決めた。

(二)  艀部門の労働組合は、債権者両名らの加入する全港湾労組と前記森実運輸船舶労働組合(以下「艀組合」という。)とがあり、債務者は、前記出向につき、各組合の了解を得ることにした。全港湾労組に対しては、債務者は、昭和五三年一二月七日、前記出向条件を明示して、出向問題の団交を申し入れ、同月九日の団体交渉の席で、艀部門縮小ないし出向の各必要性を説明し、組合が出向を了承しなければ、指名解雇もやむを得なくなると述べたが、出向について組合の了承を得ることができなかった。その際、債務者は、右組合との間に、〈1〉不当労働行為をしない、〈2〉部外作業及びその問題点については、全港湾労組及び艀組合と並行して協議する、〈3〉指名解雇をしないように最善の努力をする、〈4〉出向配転を行わなければならない場合誠意をもって話し合うことを確認し、翌一〇日実施予定の勧奨退職は取り止めることにした。同年同月一八日、出向者の選考基準を、債務者は、〈1〉年齢が若く、身体強健である者、〈2〉艀船員としての経験の浅い者、〈3〉出向先でグループ作業に従事する関係上チームワークのよい者、〈4〉できれば鉄工所関係の作業経験が少しでもある者と定めた。その後、債務者は、出向の適格者として、年齢が若く、身体強健で、艀船員としての経験が比較的浅く、債務者会社に就職前鉄工関係の作業に従事した経験のあった債権者両名及び宮崎隆士(艀組合に加入している。)を選定した。同年同月二〇日の艀組合との交渉では、宮崎隆士に直接意向打診してよいことになり、意向打診の結果、同人は、出向を承諾した。艀組合との右交渉の席で、債務者が前記出向者の選考基準を述べたことから、艀乗組員の中で年齢の若い者は宮崎隆士のほかは債権者両名しかいないので、債権者両名が出向の対象者とされていることが、同月二五日全港湾労組及び債権者両名の知るところとなり、出向問題につき、債務者と全港湾労組との間に、翌二六日、債権者両名も列席のうえ、団体交渉が行われた。その席で、債務者は、債権者両名を出向させたい意向があることを組合に明示し、同月二八日までに新居浜鉄工所に返事をする必要があったので、早急に組合の了承を得ようとし、出向に応じられない場合は最悪の事態も考えられることも述べたが、組合は、出向の諸条件についての協議が尽されないうちに出向者の人選がされたことを非難し、債務者の申し入れに応じなかった。そこで、債務者は、右団交終了後、同日午後、大西船舶課長と村上福次船舶課長代理を全港湾労組の組合事務所に赴かせて三好元治組合長に対し、二八日午後四時までに出向に応じるか否かを返答して貰いたい旨申し入れるとともに、譲歩案として、前記の食事の現物(一部現金)支給に加え、食糧金一万六七二五円を出向者に支給することを示した。翌二七日には、労使協議会が開かれ、出向中の労働条件について質疑応答がなされた。翌二八日、債権者両名も列席して行われた団体交渉では、組合は、二万円の追加金の支給をするように債務者に求めたが、債務者は、これを拒否した。組合としては、出向がその対象者に家族との別居生活を余儀なくさせること、出向先での時間外手当がどの位になるか当時明らかでなかったことなどから、出向者が二〇万円を下らない収入を確実に得られるようにさせるため、前記追加金の支給を求めたものである。債権者両名としては、出向により二〇万円の賃金の支払を受けられるのであれば、出向に応じてもよい考えで、組合に交渉を一任していたものである。右団交は、同日午後一時二〇分から二時三〇分の間に行われ、組合は、前記追加金の支給のない限り、債権者両名の出向に応じられないと主張し、債務者会社は、右追加金の支給を拒否し、交渉は決裂した。債務者は、同日午後三時一〇分、債権者両名及び宮崎隆士を呼び出し、新居浜鉄工所名古屋工場への出向を命じる辞令を交付しようとした。宮崎は、右辞令を受け取ったが、債権者両名は、いずれも受領を拒否した。

(三)  債務者は、昭和五三年一二月二九日、債権者鈴木に対し、昭和五四年一月五日、債権者両名に対し、右出向命令に従う意思の有無を確認したが、債権者両名は、いずれもその意思がない旨返答した。

(四)  昭和五四年一月九日、債務者は、それまでの経緯からみて、債権者両名が、就業規則四二条五号のやむを得ない事業上の都合による事業場の縮小のため解雇のやむなきに至った者に該当すると判断し、債権者両名に対して翌一〇日に解雇の意思表示をすることを決め、就業規則四二条五号により解雇する旨の各通知書(〈証拠略〉)を作成したが、その際、「昭和五四年一月一〇日付をもって解雇いたします」とすべきところを、タイプミスにより、「昭和五四年一月一一日付けをもって解雇いたします」としてしまい、それに気づかないまま、翌一〇日、右各通知書を債権者両名に交付したので、その記載どおり昭和五四年一月一一日付で債権者両名を解雇する旨の意思表示として成立した。

4  以上認定の事実に基づいて検討を進める。

(一)  就業規則四二条四号所定事由(業務運営に対する非協力)について

債務者の出向命令に従わなかった債権者両名が、就業規則四二条四号所定の「会社の業務運営に故意に非協力的な者」に該当する、というには、債権者両名が債務者の出向命令に応ずべき労働契約上の義務があることが前提となる。ところで、出向は、労働者が雇用されている会社内における業務内容、職種、就労場所等の変更である配置転換と異なり、使用者が労働者との間の雇用関係を存続させるとはいえ、労働者に使用者以外の第三者の指揮命令の下に就労させる義務を生じさせるものであるから、原則として、労働者の個別的同意を要するものと解される。もっとも、使用者がいかなる場合に労働者に出向を命じ得るか、その際の賃金額をいくらとするかなどの出向の諸条件は、労働条件の一つであるから、労働協約や就業規則による集団的画一的な決定になじまないものではないと考えられる。したがって、出向の諸条件が労働協約や就業規則で制度として明確にされている場合には、労働者のその都度の個別の同意がなくても、使用者は労働者に出向を命じ得るものと解してよいと考える。しかしながら、債務者会社において、出向の諸条件が労働協約や就業規則で制度として明確にされていることの疎明はなく、前記のとおり、就業規則三四条に、業務の都合によって社員に出向を命ずることがある旨の抽象的規定があるのみである。

そうすると、債権者両名は、債務者の出向命令に従うべき義務はないものというべきであるから、債務者が、その出向命令に応じなかった債権者両名を就業規則四二条四号所定の「会社の業務運営に故意に非協力的な者」に該当するとして解雇するのは、到底許されない。

(二)  就業規則四二条五号所定事由(艀部門縮小による人員整理)について

(1) 債務者が艀部門を縮小する必要に迫られていたこと、債務者が右部門の余剰人員を他の事業部門に受け入れる余裕がなかったことの各疎明があることは、前記のとおりである。

右の事実によれば、債務者は就業規則四二条五号により、艀部門の縮小のため同部門の従業員を解雇するのやむなきに至ったということができる。債権者らは、整理解雇について、解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に瀕する程度に差し迫った経営上の必要性がある場合にはじめて許容されるものである、と主張するが、資本主義経済社会において、企業は、出資者(すなわち、株式会社についていえば、株主)の利益を犠牲にし、採算を無視して労働者の雇用を継続すべき義務を負うものではないから、右主張は、採用できない。

(2) もっとも、債務者が艀部門の縮小のため同部門の従業員を解雇することができるといっても、債務者は、同部門の従業員のうちから自由に整理解雇の対象者を選定できるものではなく、被解雇者の選定は、合理的な基準に基づくものであることを要し、また、整理解雇につき、関係労働組合の了承を得るために、債務者は、相応の努力をすることを要するものというべく、もし、被解雇者の選定基準に合理性が欠け、また、整理解雇について労働組合の了承を得るための努力がなされず、解雇が性急になされた場合には、それは、信義則に反し、解雇権の濫用にわたるものとして無効であるというべきである。

これを本件についてみるに、債務者は、艀部門の人員整理計画として、まず希望退職者六名を募集し、六名に達しないとき、勤務成績不良の者、経験未熟の者及び高年齢者を対象に、退職勧奨による人員整理をすることを決め、希望退職者四名が出た後に、出向による人員整理の回避を考え、その出向者の選考基準を、〈1〉年齢が若く、身体強健である者、〈2〉艀船員としての経験の浅い者、〈3〉出向先でグループ作業に従事する関係上チームワークのよい者、〈4〉できれば鉄工関係の作業経験が少しでもある者と定めたことは、前記のとおりであるが、債権者両名の出向拒否後、債務者が就業規則四二条五号による整理解雇の対象者の選考基準としてどのような基準を定めたのかの点については、(人証略)が、出向者の前記選考基準中〈1〉の年齢が若くて身体強健である者及び〈2〉の艀船員としての経験の浅い者という基準を整理解雇の基準として用いて債権者両名を被解雇者に選定したと供述する以外には、この点を一応認めるに足りる証拠はない。しかしながら、右(人証略)の供述するように、出向者の選考基準をそのまま性質の異なる整理解雇の対象者の選考基準とするのは、著しく合理性に欠けるものといわなければならない。むしろ、前認定の本件解雇までの一連の事実の経過に照らすと、就業規則四二条五号による整理解雇にあたり、債務者において、合理的な被解雇者選考基準を定めたうえ、債権者両名をその基準該当者として解雇したことの疎明のない本件においては、債務者は、債権者両名及び両名の所属する全港湾労組が債務者の出向命令を拒否したことを憤り、合理的な検討を加えることなく、性急に、債権者両名を整理解雇の対象者として選定したものと認めるのが相当である。また、前認定の事実に徴して明らかなように、債権者両名を就業規則四二条五号に基づいて整理解雇するにつき、債権者両名の所属する全港湾労組の了承を得るための債務者の努力はなされていない。

以上によれば、就業規則四二条五号による本件整理解雇は、被解雇者選定の過程において著しく合理性を欠き、解雇権の濫用として無効であるというべきである。

三  (証拠略)によれば、債権者両名は、現在、債務者を相手方として雇用契約上の地位確認等の本訴を提起すべく準備中であるが、いずれも債務者から支給される賃金で家族の生活を維持していたもので、他に格別の資産収入もなく、本案訴訟における勝訴判決の確定を待っていては償うことのできない損害を被るおそれがあることが疎明される。

なお、債務者会社で昭和五四年四月から一律七〇〇〇円の賃上げがなされ、昭和五四年度上期・下期の各一時金が債権者主張のとおりの額で定められたことは、当事者間に争いがない。(人証略)によれば、債権者両名の昭和五三年度下期一時金は、いずれも二一万三五〇〇円であったことが疎明される。昭和五四年一月一日から同月一〇日までの賃金として、債権者鈴木が六万六六三四円、債権者真鍋が八万〇六六九円の支払を受けたことは、債権者両名の自認するところである。そうすると、昭和五四年一月一一日から同年一一月三〇日までの資金及び同年度上期・下期各一時金の合計額は、計算上、債権者鈴木につき、二五五万五〇九三円、債権者真鍋につき、二六三万四九九八円となる。

四  以上の次第で、債権者両名の本件仮処分申請は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊貢 裁判官 岩谷憲一 裁判官松野勉は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 渡邊貢)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例